大型類人猿の生存は、その生息域の存続にかかっている。
ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、オランウータンなど、すべての大型類人猿が原生熱帯雨林に生息している。
これらの地域の木材価値は非常に高く、類人猿の生息域全域が森林減少の脅威にさらされ、深刻な影響を受けている。
しかし、木材の直接的な経済価値以上に、熱帯雨林は市場外の広範な非木材製品・サービスを提供している。
このような製品やサービスは、地域的にも世界的にも、人間の安寧を支えるのに非常に重要だ。
「大型類人猿保全計画(GRASP)」は、ボルネオとスマトラで絶滅危惧種のオランウータンをまさに絶滅の危機に追いやろうとしている、さまざまな経済的要因や市場要因について詳細な研究を行った。
55,000 頭のオランウータンが残存していると推定されるボルネオでは、土地利用と、その気候変動との関係の問題が調査され、スマトラでは、残存する5,300頭のオランウータンを保全する経済的援助を受けるために、その生息地の非木材の価値に関する評価が行われた。
スマトラの森林減少の多くは泥炭地で起きており、その結果、泥炭に蓄積されている二酸化炭素とメタン(両方とも強力な温室効果ガス)の排出量が増大した。
泥炭地森林はまた、オランウータンが最も密集して生息している場所でもある。
このような森林に関して、GRASPは、25 年間にわたって森林減少を予防した場合の炭素クレジットの正味現在価値は1ヘクタールあたり7,400~22,000ドルとなり、パーム油への転換による機会費用を相殺してもなお余りあることを立証した。
非泥炭地森林の価値は、泥炭地森林の半分と推定され、パーム油以外のすべての森林利用の商業的価値を上回っている。
オランウータンの生息域と高価値の非木材製品・サービスが重なっていることを考えると、その結果は明らかに、スマトラの森林および長期的に見て人間の安寧に不可欠な生態系サービスを維持することが、オランウータンの生息域の保全と密接に関連していることを示している。
オランウータンは、森林と生態系がもたらす全般的な利益の象徴種の役割を果たすことができる。
GRASPのボルネオに関する査定は、オランウータンに対する気候と土地被覆の変化の影響を形にして表すことになった。
『The Future of the Bornean Orangutan, Impacts of Land Cover and Climate(=ボルネオのオランウータンの未来、土地被覆と気候の影響)』 では、2 通りの気候モデルによる予想が、世界的な開発の“最悪の場合”と“最良の場合”の道筋を示す2 通りの排出量シナリオのもとで検討された。
最良のシナリオは、人口増加率が低下し、土地利用の変化が減少し、温室効果ガス排出量を抑制するための科学技術がさらに多様化することを示した。
最悪のシナリオは、土地転換と人間の活動が従来通りに継続して行われる結果、温室効果ガス排出量は現在のレベルのままであるというものだ。
経時的なボルネオの最も明らかな気候パターンは、平均年間気温の予想どおりの上昇である。これは特に、島の都市人口が密集する海岸沿いの低地で明白だ。
この報告の第2部では、気候と土地利用の変化のモデルを結びつけて、オランウータンの適切な生息域分布への複合的 な影響の可能性を探っている。
その結果は、これらの影響が並行して起これば、オランウータンの生息域は2080年までにわずか83,000平方キロメートル、つまり現在の生息域の20~ 30%しか残らないことを示している。
このオランウータン生息域の減少は、森林サービ スの減少とも関連するだろう。
ボルネオでは、原生林は油ヤシ農園に転換されることが最も多い。
報告の最終章には、さまざまな気候変動の予想のもとでの、油ヤシに適した土地の評価も含まれている。
そこでわかったことは、広大な土地の生産性は、油ヤシの生産性という観点から見ると、低下する可能性があるということだ。
このような地域では、森林が有する非木材と非油ヤシの価値を結合することで、将来的には経済価値がなくなるであろう油ヤシ農園の開発は、原生林を維持するほうを選択して回避されるかもしれない。
先に示した、スマトラのオランウータン生息域と森林サービスの産物との間の明らかな関係を考えると、ボルネオの報告結果は、非木材 の森林サービスを生産する特定の森林地域のマッピングと保護に関する将来の政策に役 立つだろう。
森林保全を助成金によって支援するREDD+を取り入れたことは、そのような政策策定のために実行可能な一つの手段である。
この研究からさらに進み、木材製品を超える森林サービスを査定するのに同じ方法論を用いて、UN-REDDとGRASPは今、アフリカと東南アジアの他の大型類人猿の森林生息地を査定している。
このプロジェクトは、土地利用計画の改善、森林生態系の復元、また保護区と非保護区の両方を含む自然回廊を通じた生息域間の関連性という観点から、REDD+が大型類人猿の保護にさらに加えることができる価値を明らかにすることを目指すものとなるだろう。
森林の炭素保存と大型類人猿の個体数との間の相乗作用に基づく共同作業には、UN-REDDプログラムの重要性と緊急性の強化、炭素分布と大型類人猿の個体数との関係の将来のモデリングのためのオンライン・テンプレートの確立などが含まれる。
マッピングは世界自然保全モニタリングセンターに現在蓄積されている炭素データに基づいて行われ、出版物でも、またポータルサイト「Ape Populations Environments Surveys(= 類人猿個体数環境調査、A.P.E.S)」を通じてオンラインでも見ることができる。
このサイトは、炭素と大型類人猿のレ イヤーを他のコンテキストデータとリンクさせる際に役立つ視覚化ツールである。
このプロジェクトは2015年に開始される予定だ。GRASPは98の政府、自然保護団体、調査研究機関、国連機関、民間企業からなる独自のアライアンスで、2001年に創設され、アフリカとアジアの大型類人猿の長期的な生存とその生息域を確保するという任務を負っている。
Our Planet 2015 Vol.1(通巻38号)