オリンピック金メダリスト モハメド・ファラー選手
モー・ファラー(モハメド・ファラー)は、2012年のロンドン・オリンピック大会の1万メートルと5,000メートル競技の両方で金メダルを獲得し、たちまち ヒーローになった。同じ大会でこの2種目に優勝した選手はオリンピック史上7人目である。
これは驚くべき意志の強さの表れでもあった。「5,000メートル競技がスタートしたときは疲れを感じていましたが、トップに立つとふんばらなければ、と思ったんです。これまで一所懸命こつこつ練習して、長い道のりを進んできたのですから。その積み重ねがあれば、できないことはありません。」
モーはこれまで、文字通り、長い道のりを歩んできたのだった。
ソマリアのモガディシュに生まれ、子ども時代は「順調だった。豊かではなかったけど、つらくもなかった。」
しかし内戦が始まるとともに、「街は無法状態におちいり、撃ち合いや殺人や誘拐が毎日のように起きました。わたしの家族もばらばらになってしまいました。ソマリア北部へ引っ越した者もいましたが、わたしを含めた他の者たちは、ジブチの祖母のところへ行って一緒に暮らしました。その後、わたしが8歳になったとき、父と二人でイギリスへ引っ越しました。」
今も続くソマリアの内戦
モーは自分のルーツを忘れたことはない。13歳のとき学校で知り合った妻のタニアと昨年、ソマリアを訪れた。夫妻はその目で飢饉を見て大きな影響を受けた。
「自分のふるさとの人々が十分な食べ物がないのを見て、とてもショックでした。この人たちが生活を立て直し、能力を発揮することができるように、自分ができることをしなければと決意して帰国しました。」
モー・ファラー財団の設立
その結果、設立されたのがモー・ファラー財団だ。
「あれほどひどい状態にならなくてもすむはずです。」と、モーは説明する。
「肉体的、精神的に活躍するために、栄養のある食べ物がどれほど不可欠なものか、アスリートであるわたしたちはよく知っています。世界には全員が食べるのに十分な食料があるのに、8人に1人が毎晩空腹をかかえたまま床に就かなければならず、しかもたいてい、最大の被害者は子どもたちなのです。わたしたちの助けを必要としている子どもたちがいる、そう思うと本当に心がしめつけられるのです。」
オリンピックの選手仲間のポーラ・ラドクリフやスティーブ・クラムなどの支援者の協力を得て、モーは現在、各家族に1か月分の食料を送るという形で緊急援助を行い、井戸を整え、集水・給水システムを改善して安全な飲み水や下水道施設を使えるようにした。
また、医療施設や絶対的に必要な母子医療クリニックを設立して、ソマリア中で無料の診療が受けられるようにするなど、さまざまな活動を行っている。
しかしモーは「家族やコミュニティが必要なのは、自給自足と自己決定のできる文化を打ち立てるための支援」だと考えている。そのため、財団では今、穀物を作る手助けや家畜を供給する計画を通じた農家の所得を生み出すプログラムも支援している。
このレースは始まったばかりだが、ほんの数か月の間にモーと財団は、井戸50基と水路8本を作り、10か所の農場に家畜と道具を送り、4万人に医療支援を提供し、2万2,000人に1か月の食料を配布した。
伝説の活動家でミュージシャンのボブ・ゲルドフは、 モーの熱意にエールを送っている。「行け、モー!きみの財団が何千、何万のソマリア人の生活を“モーっと”よいものに変えるんだ。モー・ファラー、もっと早く、もっとソマリア人のために!」
TUNZA日本語版 2013 Vol.1(通巻31号)