ジュリア・マートン=ルフェーブル
(JULIA MARTON-LEFÈVRE)
国際自然保護連合(IUCN)事務局長
気候変動がもたらす悪影響について耳にする機会が、ますます増えています。この地球上には、乾燥がひどくなったり、降雨が多くなったり、気温が高くなったりしている地域があります。そして多くの人々が、気象パターンや季節の変化がますます不安定になり、多様化していることを経験しています。
私たちは、すでに進行している変化にも、またこれから数十年の間に起こそうと取り組んでいる変化にも、適応しなければなりません。これらの変化がもたらす影響を正確に予測することは不可能であるため、ほとんどの気候変動のシナリオにおいてコスト効率の良い恩恵をもたらし得る、“後悔しない”選択肢を探す必要があります。
そのような、人間と自然が互いにうまくやっていく助けとなる、自然な解決策をもたらす一つの答えとして浮上したのが、生態系に基づく適応です。
生態系に基づく適応というと複雑な考え方のように思えるかもしれませんが、つまりは、気候変動やその他の変化に対する地域社会の回復力を高める形で、自然環境を管理するということなのです。
これは、まったく新しい概念というわけではありません。人類の歴史を通じて社会は、居住地を移したり、農作物の交互作を行ったり、経済や生活様式を変えたりすることによって、気象条件の変化に適応してきました。これらの適応策の多くは、目の前の環境を管理することに依存しており、人間には “適応”の機会を、自然には“順応”の機会をもたらしたのです。
現在、アフリカのサヘル地域からアンデスの高地まで世界各地で行われている研究により、いくつか例を挙げるだけでも農業や漁業、水の供給、炭素循環、人間や野生動物の移動などに、気候変動がどれだけの影響を及ぼしているかが明らかになっています。環境と開発の危機が繰り返されるたびに、地域社会や生態系が打撃に耐える能力、すなわち回復力がますます重要な目標となりつつあります。
およそ20億人と推定される1日2ドル以下で生活している人々は、その安寧を直接、天然資源、とりわけ健全な生態系に依存しています。その生態系は現在、気候変動の強大な圧力を受けていますが、うまく管理すれば、そこに依存する人間に解決策を示してくれるかもしれません。それこそが、自然に基づく解決策という概念の核心となる部分なのです。
IUCNが気候変動に関する交渉の中で初めて生み出したこの概念は、次第に、食糧の確保やエネルギーの安定供給、経済開発、貧困撲滅といった、地球が直面している最大の課題に対する包括的な答えとなりつつあります。回復力のある生態系は、最も無防備な人々に対する異常気象の影響を軽減することが証明されています。
マングローブやサンゴ礁は洪水や津波に対する緩衝地帯として機能し、森林は地滑りの防止に役立ちます。また、湿地は干ばつの際に水を放出できるスポンジの役割を果たします。多くの場合、そのような自然の緩衝機能は、堤防や土手、コンクリート壁などの物理工学的な建造物よりも、設置や 管理の費用がかからず、効果的なのです。
カリブ海の健全なサンゴ礁は、18,000平方キロメートルもの海岸を保護しており、その価値は22億ドルにも上ります。スイスの主要なスキー場、アンデルマットの森林は、雪崩防止に年間250万ドル相当の貢献をしています。ベトナムでは、わずか100万ドルあまりの費用でおよそ12,000ヘクタールのマングローブの植林と保全を行いましたが、優に年間700万ドル以上もの堤防の維持費を節約することができました。
多くの気候変動の影響の中心にあり、食糧確保の問題と密接に結びついているのが、水です。
アフリカの干ばつの多い地域における農業は常に危険を伴うものですが、気候変動が始まってからというもの、次の収穫まで生き延びるのに十分な作物を生産することが、ますます困難になってきました。ニジェールに存在する1,000カ所を超える湿地には、家畜の生産だけでも年間3,500万ドルもの価値があると推定されます。さらにこれらの湿地は、アフリカで越冬するためにヨーロッパやアジアからやって来る、およそ180万羽の鳥の生息地にもなるのです。
セネガルのカザマンス地方とシヌ・サルーム地方に位置する450の村の住民たちは、1億本以上ものマングローブを植林し、土壌中の塩分濃度を低下させて農地の質を改良してきました。マングローブは、魚やカキ、カニといった貴重な食料源が豊富に生息する環境も形成しました。
森林には緩和と適応の両方の役割があるという認識が高まりつつあります。さらに、貧しい人々の極めて重要なライフラインとなり、雇用を創出し、地元の住民の収入も増やすのです。
中国の密雲県では、広大な森林の再生に伴って観光客が押し寄せ、地元の収入がおよそ50%も増加しました。これを受けて中央政府は現在、北京市で使用される水の80%を供給する密雲県の流域の保全に15億ドルを投資しています。
かつて“タンザニアの砂漠”と呼ばれていた地域では、再生された50万ヘクタール以上にも及ぶ森林のおかげで、今や200万人を超える人々が干ばつの被害から守られ、世帯収入も倍増しました。そのうえ、自然と地域社会による地球温暖化への取り組みを支援し、自然のシステムの消失と劣化を食い止め、その回復を促進すれば、科学者たちが2030年までに必要だと述べている気候変動緩和策の3分の1以上をまかなうことも可能です。
世界には森林劣化・減少の進む土地がおよそ20億ヘクタールも存在すると推定されています。これらの土地を農村部のために、回復力があり、さまざまな機能を備えた資産に生まれ変わらせることができるかもしれません。
今、私たちは自然資産をどのように扱うか、それが将来の気候変動にどれだけ耐え得るかを決めようとしています。生態系に基づく適応は、差し迫った気候変動の影響に立ち向かう短期的な対策から、気候変動への取り組みに必要な長期的な戦略の開発へと移行する助けとなります。
今こそ、自然に基づく解決策の出番なのです。
出典:Our Planet 2013 Vol.1(通巻30号)