人が原動力

ソムスーク・ブーンヤバンチャ
持続可能な都市をめざして、新たな取り組みを提案する。そこでは、人々が開発の受動者ではなく主動者として存在している。

パ・チャンは、バンコク郊外にある49世帯が暮らすクロング・ラムヌーンという小さなコミュニティのリーダーとなっている女性です。

先日訪ねてみると、パ・チャンと仲間たちが村のそばを通る水路に集まっているところでした。

皆で水路の底をさらって、たまった泥と布袋葵(ホテイアオイ)やゴミを選り分けていたのです。

毎月恒例となっているこの作業には、コミュニティの全員が参加します。

かつては悪臭が漂い汚れていたこの水路は、住民の手で生まれ変わりました。

自ら生産した液状の有機堆肥を使い、水路に流すことで、今や多くのナマズが住むきれいな緑の水が流れています。

ここの住民はクロング・ラムヌーンの不法居住者でしたが、長年にわたる厳しい立ち退き要求に屈することなく交渉を重ね、ついに土地の一部を購入するに至ったのです。

その後、彼らは共同プロジェクトとして自分たちの住宅を設計・建設し、インフラの整備・構築に取り組みました。

住民たちは、単に問題をかかえた無断定住者からその家の所有者になっただけではなく、個人では到底かなえ

られない多くのことも、力を合わせれば可能になるということを学んだのです。

私たちは、貧しい者同士が集まってできたコミュニティのように見られがちです。

しかし、村民であるパ・チャンの話を聞いてみましょう。

「私が最初にバンコクに来たのは、まだほんの小さな少女だった35年前のことで、いくつかの場所を転々とした後で、今この場所に落ち着きました。

私たちは貧しい者同士が一緒に集まってできたコミュニティと思われがちですが、当時はお互いをよく知らず、交流もありませんでした。

信頼関係がないため、盗難やねたみなど問題は山積みでした。

政府や社会にとっては、おそらく私たちは人間以下の存在だったと思います。

けれども立ち退き命令が発令され、スラム改善計画も浮上したため、グループとして話し合ったり皆で貯金を始めたり、力を合わせて働く必要が出てきました。

初めは私たちのように貧しく教育も受けていない集団が、これほど大きなことをやり遂げられるとは思ってもみませんでした。

住宅計画は、通常は政府機関や技術的な知識を持つ人が手がけるものです。

でも私たちは、次々に発生する問題を解決するために貯金を続け、団結しながら議論し互いに助け合ってきました。

そして最終的には、土地の一部を売ってもらえるように地主を説得することができたのです。

私たちは土地を共同で所有するために、協同組合を設立しました。その後、生活の基盤となる設備を整え、新しい住居を増やしていったわけです。

当初は建築業者を雇う予定でしたが、試算してみると、自分たちで家を建てれば70万円から100万円も節約できることがわかりました。

そこで、私たちはチームに分かれて工事を始めました。

新しいコミュニティを作り上げる2年間で、私たちは建築の技術を習得しながら、お互いの生活や家族について理解を深めていきました。

家を作るという作業が、そのまま自分たちのコミュニティと信頼関係を築く過程にもなっていったのです。

今では、村の皆がお互いをよく知っているので、まるでひとつの大きな家族のように暮らしています。

子どもを置いて出かける時にも、仲間がきちんと世話をしてくれることがわかっているので安心です。

私たちは住居が完成したら、緑豊かでクリーンなコミュニティにするために、木や野菜を植えようと考えています」

開発のための手段

以上は、開発の過程で変化を起こすキーとして、人が介在することでどんなことが起こるかという、ほんの一例です。

パ・チャンと村民たちは、数十年ものあいだ続いた孤立と不法行為、そして無力感から抜け出したのです。

こうして得たつながりと自信を糧に、クロング・ラムヌーンは安定した健全で活気あふれる、暮らしやすい場所になりました。

コミュニティが物理的にも社会的にも発展を遂げる際には、村民はいかなる形でも自信を持って全責任を負うでしょう。

そしてパ・チャンのような貧しい女性でも立派な発言者となり、タイ国内のバンコクやその周辺都市において、コミュニティ及び団体の有力なアドバイザーとして活躍しています。

このような仕組みを、もっと大きな都市の開発に取り入れられないでしょうか?

どんな街においても、そこに暮らす人々というのは、その都市の精神そのものです。彼らこそが創造者なのです。

なぜなら、彼らがその場所を都市として機能するように、エネルギーや労働、そして生活そのものを提供しているからです。

今こそ、そうした人々を都市開発の焦点と考える時です。

そして彼らに、この成長しつつある都市に関わるさまざまな方法を見つけてやり、その結果、運河沿いやマーケット近くのコミュニティ、区画、区域といった自分たちの地域社会において、

過去に開発されたもの、あるいはこれから開発されるものの一部に自分自身が関わっていると感じさせるのです。

人々とコミュニティが、その都市に関わる企画、意思決定、ひいては行事や管理に参加するにはどうすればよいでしょうか?

どうすれば街の発展に合わせて、人々も成長し健全になれるでしょうか?

貧富の差なく、街が徐々に人々のものとなっていくためには何をすればよいのでしょうか?

これには大きな飛躍──都市の成長のパラダイム(方法論)の変革──を必要とします。

うした新しい都市開発文化を発展させるため、いかにして人々の創造力をかきたて、盛り上げることができるでしょうか?

人々がその地域で、協力しながら活動を始めるには、より大きな場を提供することが重要です。

活動の例としては、家屋の建築、自治組織の改善、水路の清掃、コミュニティ市場でのリサイクル推進や再活性化などがあげられます。

たとえば住宅を建設するプロジェクトでは、建築家や企画会社、開発業者がすべて書類上で決めるのではなく、

どのように一緒に暮らしたいか、どのような社会システムが望ましいか、住居はどんな形態がよいのか、またどんな管理体制を制定すべきかなど、そこに暮らす人に決定権を持たせる必要があります。

ある都市の環境が悪化した場合には(たとえば水路・河川・湖・山・遺跡・海岸線な

ど)、そこに住む市民や周辺住民こそがその改善を支援することができ、なおかつその過程において、保護者となり管理者となっていくのです。

これにより、住んでいる街をともに管理しているという一体感が生まれ、人々のあいだの結びつきを深めることで、環境改善につながるというわけです。

多くのコミュニティが行っている運河の清掃は、他の分野にもその活動を広げています。
昔から生活に密着してきた水路の歴史を祝うタイの文化イベントもその一例です。

役どころを与える

もし人を開発の主体と見なすなら、より積極的な参加をうながすための役どころを与え、また自分たちの地盤で起きていることを自分自身の問題としてとらえさせる必要があります。

また、縦に階層が連なった管理単位である「都市」のかわりに、もっと小さな単位、すなわち地域に定着した「人」をもってくれば、自己管理型のシステムができあがり、クリエイティブでもっと意味のある開発をめざすことができます。

地域の開発計画がそこのコミュニティから生まれてくると、人々が開発の担い手となります。

そして人々は、より大規模な環境開発を自らのコミュニティの問題であり、生活の問題であり、また自分たちの成果につながるものと感じることができるのです。

多くのコミュニティが行っている運河の清掃は、他の分野にもその活動を広げています。

昔から生活に密着してきた水路の歴史を祝うタイの文化イベントもその一例です。

都会の住民は、このような活動を通じて自然に対して敬意を払っています。

水路は水や生命・富・魚・輸送手段・収入を得る機会などをもたらしてくれると同時に、看過できない自然とのつながりを、都会の中心にいながらにしてはっきりと思い出させてくれるのです。

開発に関与するということは、人々が担い手となり、自信を持って開発の指揮を取る役どころを与えられるということです。

そのためには、人々の潜在能力を引き出して、それを都市発展の新たな創造力につなげる方法を見出す必要があります。

それには、これから着手する、あるいは必要な開発活動を、グループとして自由に行えるだけの柔軟な財政システムが不可欠です。

アジアの各都市に暮らす個人個人は、今現在国家とは相互の関係を持ちながらも、自分たちのあいだでは、横のつながりを持っている人はほとんどいません。

たったひとりの政治家が──それが複数でも、政府の役人たちであっても同じですが──たとえそうするだけの権力を与えられたとしても、500万~1000万規模の住人が抱いているニーズや希望をすべてかなえられるでしょうか?

しかしながら、もしも都市の中に小さな地域地盤をたくさんつくり、その中で人々がお互いに接点を持ちはじめ、ともに過ごすことができたら、そこから多くの学び合いや横のつながりや創造力が生じることでしょう。

都市とは、同じような人々が集まってできているわけではありません。

ますます巨大化する街は(アジアでは人口数千万を数える都市は少なくありません)、その大きさゆえに一体化とはほど遠いものとなっています。

こうした膨大な自制のきかない集団を手なずけ誘導するには、大規模な政策やメガプロジェクトが必要だと思われがちです。

そうした誤った考え方のせいで、多くの持続不可能な開発につながる見方が生まれ、現在私たちを悩ませているのです。

しかし、この状況を変えることは可能です。

都市のグループを、小さく多様でありながら共通点もあるたくさんの地区の集合体として捉え、それぞれの地区の住民自身が自分たちの生活や地域の改善に、

またお互いの関わりあいに参加できるように正しい調整ができれば、その時にはひとりひとりの適所がわかり、人間らしいものの見方を復活できます。

アジア圏には、爆発的な人口増加に混乱をきたしている都市もありますが、そういった都市には、長きにわたって共通の関心事や多種多様な人々のニーズに対応してきた豊かな経験があります。

この膨大な数の人々が持つエネルギーを利用して、都市にもっと大きなシステムをつくり、その中で強力な役どころを担わせれば、画期的な新しい管理システムが次々と生まれ、住民自身による持続可能な都市開発に新しい方向性が生まれるものと思います。

Somsook Boonyabancha :タイのコミュニティ組織開発研究所の所長

出典:Our Planet.2005.Vol.01