ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ
(Luiz Inacio Lula da Silva)
ブラジル大統領
持続可能な開発が、都市部と農村でどのように環境を保護し、そして貧しい人々に仕事と収入をもたらすことができるか説明する。
ブラジルの広大な森林地帯と豊かな水資源は、世界的に知られていますが、今や国土の大部分で都市化が進んでいます。
1億8300万人の人口のうち82%が、おもに首都圏と人口10万人以上の都市に住んでいます。
都心における人口密集は、20世紀に入ってから進められた工業化と、加速する一方の経済成長によるもので、その結果として所得の集中と社会的排斥という事態を招いています。
都市はこの経済モデルをそのまま再現して、裕福な地域に多大な公的資源を集中させる一方、あまり豊かではないその周辺の人々には、充分なインフラと生活条件を提供しないままでいるのです。
ブラジルでは、低所得者層に属する国民のうち、少なくとも660万人に住宅を提供できずにいます。
飲料水を入手できない人口は、約3000万人にのぼっています。
また都市部の住宅の半数には下水処理システムの設備がなく、きちんと処理されている下水はわずか10%にすぎません。
社会的排斥と環境悪化には、それゆえ密接な関連があるのです。
都市部の環境問題によって最も大きな被害を受けているのは、貧困層の国民です。
高まりつつある環境悪化への危機感を受けて、特に生態系と海面上昇に及ぶ地球温暖化現象に最も脆弱なのは、海岸線沿いに暮らす貧民であることが現在では明らかになっています。
われわれ現ブラジル政権は、成立から2年をめどに次の目標を掲げました。
所得分配をともなう経済成長を促進し、急速に産業を発展し成長させると同時に、雇用の拡大と労働者の収入増加をめざしたのです。
しかし、持続可能性という概念が持つ経済的・社会的な側面だけでなく、環境面への配慮もまた必要とされています。
ブラジルで、いわゆる社会的不利益を問題にすることは、単にわが政府とミレニアム開発目標(MDGs)が注目している飢えや貧困との闘いだけを意味しているのではありません。
「都市の権利」を通じて、社会の不平等を減少していくことも必要なのです。
この都市の権利が意味するものとは、適切な生活環境・公衆衛生・輸送やその他の都市サービスなどです。
都市環境を改良すれば、間違いなく環境全体が、中でも水資源に関わる状況が改善されるでしょう。
これは、大きな挑戦です。基本的な衛生設備をブラジル全体に普及させるには、年間25億米ドル(約2,500億円)もの投資が、今後20年間にわたって必要となります。
国際通貨基金(IMF)と現在進めている交渉では、衛生設備にあてる資金を国家会計の大きな赤字勘定としない目的で、投資として再分類することをめざしています。
この方針は、社会的発展や環境改善、そして経済成長を実現させるために、この資金を最大限に活用することが不可欠であるという理解を反映したものです。
けれども持続可能な開発には、もっと多くのものが必要とされます。
上院議員のマリナ・シルバを環境大臣に指名した時、われわれは政策の核に環境問題を据えようという要求を受け入れたのです。
これは簡単に成し遂げられることではありません。
社会問題・環境問題に目をやりながら、経済成長を促進させなければならないからです。
産業と農業の開発政策を、社会的融和と環境保護の問題から切り離すことはできません。
こういったさまざまな側面が開発の全体像を形成し、相互的に補うような形の成果につながり、影響を及ぼしていくのです。
再生可能なエネルギー
電気は、そのよい例です。工業生産を増加させるには、より大きなエネルギー消費が必要となります。
ブラジルは、再生可能なエネルギーの使用率が高いことでも有名であり、電力の設備容量の85%は水力発電でまかなわれています。
新しい水力発電所を稼働させることは社会的・環境的に影響がありますが、その影響は最小にできますし、またしなくてはなりません。
環境省と鉱業エネルギー省は合同で、有害な環境の影響を減らし、人員の配置転換をめざした新しい方策を実践しています。
これには戦略的に統合した河川流域へのアプローチと、その多様な利用方法も含まれています。
製造現場の工程を合理化し、消費者需要を削減し、太陽発電や風力など新しいエネルギー資源を調査するための奨励金を出すことなどで、エネルギーの無駄を省くことに焦点をあてたプログラムも2種類用意されています。
最近、ナイロビで開催されたUNEPのグローバル閣僚級環境フォーラムで議題となった「国家水資源計画」とも、ここで関連づけられます。
ブラジルは水資源に関する政策について法律を制定し、河川流域委員会の設立を促進する国立水道局を設置しました。
この委員会では、水資源の利用や公衆衛生プログラム、河川流域の復興対策などを統制しています。
持続可能な環境を実現するために分野間の垣根を越えて共通なテーマは、またブラジルで拡大しつつある農業地帯と、それに相対する森林保護の必要性とも関連があります。
地球規模での不安材料となっている気候変動は、環境問題と開発課題との相互依存を強調するものです。
これらの問題は都市部と地方の区別なく、世界各国で天然資源に関わっているのです。
京都議定書の調印国として、また立役者として(削減目標を立てた国の添付リストには名を連ねていませんが)、ブラジルは有害な大気中への排出物質の削減を政策でうたうべきだと考えています。
われわれは、アマゾンで行われている野焼きや森林伐採と闘う決意をしました。
政府が主導してまとめた「持続可能なアマゾン計画」には、高速道路BR-163周辺地域の持続可能な開発と、アマゾンにおける不法な森林伐採阻止および管理行動計画が含まれています。
連邦政府が監視と管理を行った結果、2002年から2003年にかけての森林伐採指標は、安定しています。
現在のレベルはまだ満足できるものではありませんが、この数字は、政府が重ねてきた努力の証しとなっているのです。
安全管理
最近起きたアマゾン農業入植地のシスタードロシー殺害事件は、そこで起っている争いに注目を向けさせました。
連邦政府の管理が行き届いていない森林を焼いて造成した農業地帯に住む不法占拠者と、政府が支援する新しい持続可能な居住方式を実践する地域住民のあいだで、その衝突が表面化したのです。
この新しい試みは、環境を保護し持続可能な生産を促進するという政府の政策を実行する決意を象徴するものと言えます。
そしてこの暗殺事件は、現在進行中の政府主導の政策を勢いづけるものとなりました。
これには森林破壊防止推進プログラムを強化するために、省庁間の実行委員会を設立することも含まれています。
私は、この実行委員会にはいつまでも存続してほしいと願っていますし、その結果、警察の活動や土地規制、持続可能な生産の励行などを通じて、国家の影響力を強化することができればとも願っています。
2003年以降は、現存するアマゾンの全保全地域のうちの23%にあたる700万ヘクタールが保護されてきています。
気候変動、つまり地球環境の話題に戻りましょう。
ブラジルは、世界に先駆けてサトウキビから得られるエタノール燃料を使用しています。
この再生可能なエネルギー資源は、石油を原料とする燃料の代用となるものなので、温室効果ガス排出を削減することができるのです。
ブラジルを走る自動車の多くは燃料にエタノールのみを使っており、それ以外の車も、エタノールが25%含まれる燃料で走っています。
「二つの燃料(bifuel)」と呼ばれる、ガソリンとエタノールのどちらでも走れ、その組み合わせが自由にできる車が最近市場に出たので、ブラジルのエタノール産業にさらにはずみをつける結果となりました。
さらに最近、ブラジル政府は、国家バイオディーゼル生産プログラムという計画を立ち上げました。
これは、現在のディーゼル燃料に植物を原料とする燃料を2%混ぜるというものです。
この配合率は年々上げていく予定で、これによりブラジル北部や北東部で暮らす低所得者層がおもに関わる、ひまし油やパーム油の生産高を増やそうとしています。
これは環境保護と、貧困層のための雇用確保・所得増加などの開発問題とを結びつける、もうひとつの取り組みとなるでしょう。
私は、このようなプログラムや技術が、先進諸国にも途上国にも適用できるということを確信しています。
先進諸国には化石燃料でなく新しい代替燃料を使うように、また途上国には再生可能燃料を自国で生産し、世界的に見てより良い所得分配がなされるように助長するのです。
これが、世界的な生産と消費基盤に変化をもたらすために、ブラジルができる貢献です。
持続可能な開発とは、成功するかどうかわからない単なる挑戦課題ではありません。
ブラジル政府と社会にとっては、むしろよい成功へのチャンスなのです。
それは過去と現在の、社会的に不公平な経済成長モデルをパターンに、根本的見直しを迫るという意味で挑戦なのです。
それはまた、政府の役割、企業家、社会全体についての見方を変えることを必要とします。
持続可能な開発を進めることで、革新的な技術パターンに基づく生産や流通が生まれ、同様なアプローチが広範囲にわたって発展するチャンスが生まれます。
最後になりますが、「民主的な持続可能性」アプローチをめざすなら、すべての利害関係者が積極的にこうした新しいプロセスに興味を持てるようにする必要があります。
これら目標を達成し、私たちが暮らす都市と地球の生活環境を改善するために欠かせない要素は、各地で増加の一途にあるアジェンダ21実行へのイニシアチブとともに、クリーンな生産方法が採用されることと環境教育が行われることなのです。
Luiz Inacio Lula da Silva :ブラジル大統領
われわれは、アマゾンで行われている野焼きや森林伐採と闘う決意をしました。
出典:OurPlanet 2005.Vol.01